ママ特派員に聞きました

2018.11.13更新

私たちの出産(Sue)

|どこの国で出産しましたか

イタリア(長男ミラノ 長女ジェノヴァ)

|出産前に準備したことはありますか

長男出産時はフルタイムで仕事をしていたので、産休をどうとるか、産休中のこと、復帰の時期、復帰後の働き方など。

|どのように出産に関する情報を集めましたか

長男: 出産した病院の出産前母親学級に参加はしましたが、先生が言っていることは、イタリア語力の問題で理解できないことが多すぎ、ほとんど役に立ちませんでした。ネットなどで調べすぎると色々な違った意見、情報がありすぎて逆に混乱すると友人に言われたもので、日本の出産準備本1冊だけを参考にしました。
長女: 母親学級も行かず、1人目の時に読んだ出産準備本1冊と、実際の1人目の経験のみ。

|出産前の不安はありましたか

長男:「どれくらい痛いのだろう?」と思っていたくらいでしょうか。初めての経験でわからないことだらけ、心配してもしょうがないと思い、不安はありませんでした。
長女: 長女妊娠前に2度、初期の自然流産をしていたので、慎重になってはいましたが、不安はありませんでした。

|妊娠中はどのように過ごしましたか

長男: 私の仕事の契約内容では、とれる産休は5ヶ月だけだったので、お産前1ヶ月、産後4ヶ月が希望でした。幸い体調もとても良く、予定通り予定日1ヶ月前までフルタイムで働いていました。因みに、産休5ヶ月ではやはり仕事に戻るのは実際問題難しく、6ヶ月目は無給でお休み、7ヶ月目から2ヶ月間ベビーシッターさんに預け、その後は保育園でした。
長女: 仕事はしていませんでした。もうすでに長男がいたので、長男の送り迎え、お稽古事など、毎日徒歩とバスで(車を運転しないもので)出歩いていました。こちらの長い夏休みが始まってからは、毎日息子を連れて海通い。出産前日まで海に行っていました。2度とも体調はとても良かったので、自分のお腹の中で赤ちゃんが成長していくと言う、なんとも特別な感覚、幸せを大満喫したマタニティライフでした。

|妊娠中、何か印象に残る出来事などありましたか

かなりお腹が大きくなってから、長男を連れてバスに乗った時、すでに車内が満員で、乗って直ぐの入口のところに立っていたら、女性の運転手さんが気がつき、「座ったほうが良いでしょ?妊婦さんの権利よ。」と言ったと思ったら運転席から立ち上がり、「ここに妊婦さんが居るので、誰か席を譲ってください。」と大声て言って座らせてくれたこと。

|通院はどれくらいの頻度でしたか

2人目の時の記録ですが、こちらでは、出産をすると決めた病院に通院するのではなく、自分のかかりつけの婦人科の先生のところへ行きます。(出産する病院へは、出産するために行くような感じです。)婦人科での基本的な検診は7回行った記録があります。その先生に、この時期になったら血液検査でこれを調べてください、尿検査をして下さい、他にもこの検査をして下さいと指示がありました。検査をする場所は、指定されるわけではなく、自分のしたいところでそれぞれし、結果を婦人科の先生のところに持っていくと言うシステムでした。ちなみに、血液検査は5回、尿検査が4回。長男を出産してから13年近くたっているので、細かなことは覚えていませんが、システムは同じでした。こちらは、35歳以上の妊婦さんは、羊水検査が無料で、受ける人はかなり多いです。私も2回とも受けました。

|実際の分娩はどんな様子でしたか

長男: 予定日より1週間早い出産、 主人の立ち会い分娩でした。こちらでは無痛分娩する人が多いようですが、1人目は麻酔なしでやってみようと自然分娩で。特に問題も起こらず、とても痛かったですが、安産だったと思っています。
長女:予定日より17日早い出産、 主人の立ち会い分娩。今回は無痛分娩にしようと思っていましたが、分娩室に入ってから、先生に、今の時点の陣痛でこんなに笑顔で、普通でいられるなら麻酔しなくて平気と言われて、私もそうかな、と自然分娩で。いよいよ山場、もうすぐ会える、となった時あたりから陣痛が来るタイミングで、お尻からふくらはぎにかけて陣痛以上の激痛が来るようになり、(娘がどこかの神経を押していたようです)その2つ激痛に耐えるのが精一杯で、無駄な力みをし続けてしまいました。やっとのことで生まれ、胸の上に娘を置かれたすぐ後、力を使い果たしてしまったのでしょう。だんだん意識が遠のいて行き、このまま死んでしまうのか?とても怖い思いをしました。その時のみなの対応の早さには、さすが、と感心しました。

|入院中、出産に関しては誰かのサポートはありましたか

長男: 実家の母が予定日の少し前から、約2ヶ月間手伝いに来てくれました。入院中のサポートは主人と母で。
長女: 長男の時同様、母が来てくれましたが、それ以上に早く生まれてしまったため、出産、入院には間に合いませんでした。夏休み期間で、長男の学校もなかったので、誰かが長男といなければならなりませんでした。出産時はママ友に預かってもらい、入院中は主人がずっと一緒にいたので、病院ではほとんどの時間、赤ちゃんと私で過ごしました。

|赤ちゃんと出会った瞬間はどんな気持ちでしたか

長男: 生まれて直ぐ抱っこをした瞬間、「わ、もうお腹の中じゃないんだ。ここにいるんだ。もう後戻りはできない。」と、幸せ!と言う感情ではなく、この子を育てていくんだ、と言う親の責任をのようなものをずしーん感じでしまいました。先生たちにも、「あなた、嬉しくないの?」と言われたほどです。
長女: 単純に幸せを感じることが出来ました。2人目の余裕でしょうか。

|入院期間はどれくらいでしたか

長男、長女共に、出産後48時間で赤ちゃんと家に戻りました。 自然分娩の場合、母子ともに特に問題が無ければ、皆に同じ条件です。

|産後のサポートはどうしましたか

主人と、2ヶ月来てくれた実家の母のサポートがありました。 ほかの家族、親戚などが近くにだれもいない私たちは、ママ友、パパ友がたくさんの場面で助けてくれています。もちろん私達も。お互いに助け合っています。

|費用はどれくらいかかりましたか

検査費用のみで、出産は無料です。

|パパのサポートはどれくらいありましたか

たくさんありました。ほぼ全ての面で、育児参加してくれました。してくれています。

|お国柄だなと思うことなどありましたか

長男を出産した直後、出産に立ち会ってくれた主人が家で待つ私の母を連れて来るからと、病院を出たので1人でいました。分娩室から別階の病室への移動の時、大きな荷物は看護婦さんが持ってくれましたが、エネルギーを使い果たした状態で、ハンドバッグを持って、フラフラで自分で歩いて行ったのを覚えています。それから直ぐに、赤ちゃんとの同室。赤ちゃんをお風呂に入れる時と、検査がある時以外は基本預かってもらえなかったので、体力回復をするチャンスは全くありませんでした。直ぐに赤ちゃん同室は、長女の病院でもそうでした。

長女が生まれた時、頭からつま先まで、白いものが付いていて全身真っ白、先生たちが、「芸者が生まれた。芸者だ芸者だ。」とやけに盛り上がっていました。

日本では、赤ちゃんの外出は産後1ヶ月経ってから?と言われてますよね。こちらでは、そういうことはなく、赤ちゃんの外出は直ぐオッケーです。黄疸の出た長男は、いっぱい外に連れて行って、日光浴させてとも言われました。産後48時間で退院が普通ですが、日本では入院中にする様なことを何もしないで家に戻ってしまうと言うことです。結果、退院後、何度も何度も出産した病院に赤ちゃんと一緒に通院することになります。その時に気付いたのは、そう言う時は夫婦揃って来ている人がとても多いということ。旦那さんは仕事を休んで来ているのでしょうね。

この記事を書いた特派員

Sue

イタリア

米国にて、イタリア人である現夫と出会ったことがきっかけで、それまで全く興味のなかったイタリアでの、イタリア語力ゼロからの暮らしが始まり約15年が経ちました。中学生の長男、8歳下の幼稚園児の長女、2人の子供のママです。